チベットの洪水から考えさせられたこと

地球の体温が上がっている

チベットとネパールの国境で、大規模な災害が起きました。

ヒマラヤの氷河の一部が崩壊して、大量の氷と岩石が谷を流れ落ち、土石流や洪水となってキロン(Gyirong)の国境地域を襲いました。

映像を見ると、自然の力の大きさに言葉を失います。

今回の災害そのものを、単純に「地球温暖化が原因です」と言うことはできません。

ただ、ヒマラヤでは気温上昇によって氷河が後退し、永久凍土や岩盤が不安定になり、高山地域の災害リスクが変化していることが指摘されています。

地球の体温が上がるということは、ただ「少し暑くなる」という話ではないのです。

氷が融ける。

海が温まる。

雨の降り方が変わる。

森が乾燥する。

土が変わる。

生き物が住める場所が変わる。

そして、それらは全部つながっています。

地球温暖化の話をすると、

「最近になって言われ始めた話でしょう」

と思う人もいるかもしれません。

でも実は、人類がこの問題に気づいたのは、ずっと昔です。

1896年。

宮沢賢治が生まれた年です。

スウェーデンの科学者スヴァンテ・アレニウスは、大気中の二酸化炭素、CO₂が増えると地球の表面温度が上がることを計算によって示しました。

今から130年前です。

もちろん、その頃にはコンピューターなんてありません。

だから、地球全体がどのように変化するのかを精密に計算することはできませんでした。

その後、第二次世界大戦が終わり、コンピューターが急速に発達します。

そこで地球の気候そのものをコンピューターの中に作ってしまおうと考えた科学者の一人が、日本人の真鍋淑郎博士でした。

1960年代から真鍋博士は、複雑極まりない地球の大気を数値モデルにして、

「CO₂が増えたら地球はどうなるのか」

を計算しました。

1975年には、リチャード・ウェザラルド博士とともに3次元の大気循環モデルを使い、CO₂を増加させた世界をシミュレーションしています。

すると地表付近は温まり、雪や氷が減り、水循環も変化していくことが示されました。

この頃になると、科学者たちの問いは、

「本当に地球は温暖化するの?」

ではなく、

「どのくらい温暖化するの?」

へ変わっていきます。

1979年にはアメリカで「チャーニー報告」が発表されました。

1985年にはオーストリアのヴィラッハで、29か国の研究者が参加する国際会議が開かれました。

ここで、さらに問いが変わります。

「温暖化するのか?」

から、

「温暖化に対して、社会はどうするのか?」

へ。

1988年にはIPCC、気候変動に関する政府間パネルが設立されました。

1997年には京都議定書。

2015年にはパリ協定。

世界は少しずつ、

「温暖化について研究する」

ところから、

「世界で協力して温暖化を抑える」

ところへ進んできました。

でも、その間にもCO₂は増え続けました。

産業革命以前、大気中のCO₂濃度は約280ppmでした。

それが、400ppmを超えました。

南極の氷の中に閉じ込められた昔の空気を調べることで、過去の大気を知ることができます。

現在のCO₂濃度は、少なくとも過去約80万年間に地球が経験してきた自然変動の範囲を大きく超えています。

そして2021年。

半世紀以上も前から地球温暖化を数値計算していた真鍋淑郎博士と、クラウス・ハッセルマン博士らの研究が評価され、ノーベル物理学賞が授与されました。

つまり、

「知らなかった」

わけではないのです。

人類は、ずっと前から知っていました。

それでも変えることが、とても難しかったのです。

なぜでしょう。

それはCO₂を減らすということが、単純な環境問題ではないからです。

石油。

石炭。

天然ガス。

電気。

車。

飛行機。

物流。

工場。

農業。

私たちが当たり前だと思っている生活のほとんどが、エネルギーと経済につながっています。

だから温暖化対策を進めようとすると、必ず経済の問題が出てきます。

国と国の利害も出てきます。

企業の利益もあります。

働いている人たちの生活もあります。

科学的にはわかっている。

でも社会は簡単には変われない。

地球温暖化という問題の難しさは、ここにあります。

そして今、科学者たちが警戒しているものがあります。

「ティッピングポイント」です。

コップを少しずつ傾けていくと、あるところまでは何も起こりません。

でも、ある角度を越えた瞬間、水が一気にこぼれます。

地球にも、それと似たような転換点があるのではないかと考えられています。

氷床。

永久凍土。

サンゴ礁。

アマゾン熱帯雨林。

北方林。

海洋循環。

こうした巨大な地球システムが、あるところを越えると、それまでとは違う状態へ大きく変化してしまう可能性があります。

2025年に発表された『Global Tipping Points Report』では、温暖海域のサンゴ礁について、すでに重大な転換点に入っていることが報告されました。

そして心配なのは、

一つだけではありません。

氷が減れば、太陽光を反射する面積が減ります。

すると地球はさらに熱を吸収します。

永久凍土が融ければ、そこに閉じ込められていた温室効果ガスが放出される可能性があります。

森林が失われれば、CO₂を吸収する力も、水を循環させる力も弱くなります。

一つが動けば、次が動く。

さらに次が動く。

これを「ティッピング・カスケード」と呼びます。

地球は、バラバラの部品でできているわけではありません。

海も。

森も。

氷も。

土も。

水も。

空気も。

そして人間も。

全部がつながった、一つの大きなシステムです。

だから気候変動は、

「北極の氷が融けてシロクマが困ります」

というだけの問題ではありません。

雨の降り方が変われば農業が変わります。

干ばつが続けば食料が作れなくなります。

海が変われば漁業が変わります。

水がなくなれば、人はその土地を離れなければならなくなるかもしれません。

食料や水が不足し、そこに貧困や政治的不安定、もともとの民族的・社会的対立などが重なれば、紛争や大規模な人口移動のリスクを高める可能性もあります。

もちろん、

「地球温暖化が戦争を起こす」

という単純な話ではありません。

戦争にも、移民にも、貧困にも、たくさんの原因があります。

ただ、気候変動が、すでに存在している社会の弱いところに、さらに大きな負荷をかけることは考えなければなりません。

環境問題。

食料問題。

健康問題。

貧困問題。

経済問題。

安全保障。

私たちは、それぞれ別の問題として名前をつけています。

でも地球から見れば、全部つながった一つの出来事なのかもしれません。

1991年。

日本で一人の12歳の少女が、環境問題についての漫画を書きました。

坪田愛華さんの『地球の秘密』です。

彼女は、

「私一人ぐらい」

という考えをやめよう、と伝えました。

一人ぐらいなら大丈夫。

一回ぐらいなら大丈夫。

自分だけなら大丈夫。

でも、世界中の人が同じことをしたらどうなるのでしょう。

そして翌1992年。

ブラジルの地球サミットで、もう一人の12歳の少女が世界の指導者たちの前に立ちました。

セヴァン・スズキです。

彼女は大人たちに訴えました。

「どうやって直すのかわからないものを、壊し続けるのはやめてください。」

そして、人間だけではなく、この地球に生きるたくさんの生物すべてが、一つの大きな家族なのだと語りました。

二人とも12歳でした。

あれから30年以上が経ちました。

1960年代を、

「火災報知器が鳴り始めた時代」

だと考えてみます。

その頃はまだ、

「このままでは火事になるかもしれませんよ」

という警告だったのかもしれません。

それから半世紀以上が経ちました。

今はもう、煙の臭いがしている。

ところどころで火が出ている。

そして私たち自身も、その熱さを感じ始めている。

そんな段階に来ているのかもしれません。

でも、

「もう全部手遅れです」

という話でもありません。

温暖化は、少しでも抑えることができれば、その分だけ将来の被害を減らすことができます。

そして面白いことに、ティッピングポイントには悪い方向だけではなく、

「ポジティブ・ティッピングポイント」

という考え方もあります。

太陽光発電。

蓄電池。

新しいエネルギー技術。

持続可能な農業。

森林や土壌の再生。

循環型の食料システム。

最初は小さな変化でも、あるところを越えると、一気に社会へ広がることがあります。

つまり、

連鎖するのは崩壊だけではありません。

再生も連鎖させることができるのです。

地球温暖化の問題を突き詰めていくと、最後はCO₂だけの話ではなくなります。

私たちは何を「豊かさ」と呼ぶのでしょう。

経済は何のためにあるのでしょう。

自然は、人間が利用するための資源なのでしょうか。

それとも人間自身も、その自然の中に生きる一つの生命なのでしょうか。

大気には国境がありません。

海にも国境がありません。

森から蒸発した水は、国境を越えて雨になります。

一つの国から出たCO₂も、世界中の大気へ混ざります。

地球の問題には、本当は敵も味方もありません。

だから最後は、

地球に暮らしているみんなで考えるしかないのだと思います。

科学は、

「人類は滅びます」

と予言しているのではありません。

このまま進めば、どんな未来になる可能性があるのか。

そして今変われば、どんな未来をまだ残すことができるのか。

その両方を教えてくれています。

30年以上前、12歳の子どもたちが大人に投げかけた問いは、まだ終わっていません。

むしろ今になって、その問いの意味が、よりはっきり見えるようになってきました。

地球を変えなければならないのではなく、

最初に変わらなければならないのは、

もしかすると私たち人間の方なのかもしれません。

人類は今、

単なる気候変動ではなく、

私たちがどんな存在として地球で生きていくのか

という、大きな転換点

に立っているのだと思います。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

コメント

コメントする

CAPTCHA

目次